忘れられない患者さん
研修医時代、がん治療にあたっていた時のことです。
その患者さんは、2人部屋の奥のベッドに入院されていました。
出会った当初は、お互い遠慮がちでした。
研修医ですから当然なんにもできないのですが
なんにもできない代わりに、とにかく患者さんの傍にいました。
患者さんのご家族や趣味、好きな食べ物、好きな映画や本まで把握していました。
しばらくベッドサイドにいながらリンパ浮腫の足をマッサージして
「気持ちいい」と言って頂いてはちょっと得意になりました。
かつて「大名行列」と言われた総回診の時、上の先生方のプレゼンテーションの間
患者さんがちらりと目くばせをして いたずらっぽく笑ってくれる瞬間が好きでした。
気がついたら 仕事が一段落してその患者さんの傍に行くのが
日々の楽しみになっていました。
しかしがん治療には限界があります。
ある朝、眠るように亡くなりました。
医師になって初めて体験する、患者さんの死でした。
亡くなった日の夜、長い手術を終えて、いつものようにその患者さんの部屋に行きました。
ベッドが空になっているのを見て はっとしました。
「そうだ。亡くなったんだ・・・」
呆然と立ち尽くす私に、不意に隣のベッドから声がかかりました。
「先生、さみしいですね・・・」
2人部屋のもう一方のベッドに入院中の患者さんです。
同室の患者さんが亡くなって寂しいのは、怖いのは
私なんかよりももう一人の患者さんの方なのに。
今まで自分の患者さんばかりにかかりっきりになってしまった非礼を赦し
患者さんを亡くしたさみしさを共有して下さろうとする心の広さは
未熟な私にとって大きな衝撃でした。
20余年前の、11月のことです。