一番恐ろしい思い
医者にとって一番恐ろしいのは、患者さんが亡くなることです。
今はこうして診療所にいるので患者さんの死に向き合うことはまずありませんが
以前は分娩の現場にいましたので、生死に係ることがありました。
産婦人科医になって一番恐ろしい思いをしたのは、10数年前の8月末日でした。
その日は医局の大先輩の産院で、留守番をしていました。
お産がたくさんある人気の産院で、お産が好きな私は行くのが楽しみでした。
その日もお産がありました。
赤ちゃん娩出まではとても順調なお産でしたが
胎盤が出たところで、急激に暗転しました。
子宮内反です。
通常、胎盤が子宮から剥がれて出ると、子宮が急速に収縮して
剥離面が圧迫止血されます。
ところが子宮が内反すると、靴下を裏返して脱いだ時のように
胎盤の剥離面が外側になって収縮してしまうので
剥離面からの出血が一行に止まらなくなります。
必死で圧迫しながら内反の診断をして、
覚悟を決めて子宮の弛緩剤を注射し、子宮が緩んだところで「がっ」と内反を戻します。
幸い1回で戻りましたが、今度は子宮が弛緩して出血が止まりません。
院内にいるのは医師私一人、助産師一人、看護師一人と助手です。
この時点で輸血をオーダーしました。
この間にもどんどん出血して、産婦さんの具合は悪化します。
「きもちわるい・・・」
そう言う顔色は土色です。
更に高次医療機関への搬送を手配しました。
しかし輸血も搬送も、すぐというわけにはいきません。
産婦さんが生あくびを始めました。
両腕から全開で点滴をしても、循環血液量の確保ができなくなってきている兆候です。
——–産婦さん、亡くなるかも知れない。
「もうすぐ救急車が来るから、頑張って下さい。一緒に行きましょう」
そう言って産婦さんを励ますものの、
全身から冷や汗が噴出し、心臓はバクバクいって胸から飛び出そうです。
圧迫止血をする手に更に力を込めたところで、産婦さんが嘔吐しました。
———-もうだめかも
そう思ったところで、輸血が到着しました。
ほぼ同時に救急隊も到着し、止血用の鉗子を何本もつけたまま
産婦さんと一緒に救急車に飛び乗りました。
産婦さんは助かりました。
全てが終わって帰路についた駅のホームで。
電車に、乗れませんでした。
ひとまずベンチに座りました。
「こわかった・・・」
涙が、落ちました。
ひと粒落ちるとあとからあとから出てきて、止まらなくなりました。
どうすることもできず、人目もはばからずしばらく泣き続けました。
あの時の赤ちゃんは、今頃中学生になっているはずです。
どうか元気でしあわせに、と祈らずにはいられません。